生活、生活、生活

久しぶりに何か書きたいと思った。というか何か書かなきゃいけないというある種の脅迫的な観念に急かされ今日からぼちぼち書くことした

 

6/11

最近カフェのバイトが異常に忙しい。インスタでじわじわ認知されてきたのもあるけど、やっぱりテレビで紹介された事が大きく影響してるのかもしれない。やれやれだぜ。しばらく働いてわかったけど、自分は圧倒的に飲食店は向いてない。並列処理能力が旧世代ポンコツPCと同じくらいなんだと思う。平日はまだしも土日は毎回キャパオーバー。毎回、「もう俺のことを殺してくれ…」と思いながらせかせかドリンクを作り、バッシングをし、オーダーも取り、席まで料理を持っていき、会計をしてる。と書いただけでもやること多すぎでは?と感じた。やーね。

 

最近は自分に向いていない事物との向き合い方についてよく考える。向いてないな。これ。という事物にも学べることはたくさんある。大切なのは向いてない事柄と、まずは一旦向き合ってみて何か学び取ろうという姿勢だ。人は誰しも向き不向きがある。その中で何かしらを掴み取って自分に活かそうと意識する事はどんな分野でも役に立つことだと思う。前述したように自分はまるで飲食店に向いてない。向いてないな、と思いながら日々珈琲をおとしてる。

 

向いてないなりに何か学べることはあるからじっくりやっていこうと思う。その反面、向いてない事と向き合うのは無駄じゃないかとも思う。全部が平均点の人間よりも何かしらのスキルが尖った人間の方が重宝されるし。

 

学問に話題を移すけど、自分の得意分野だけ学んでてもそれに付随する分野しか見えなくて頭でっかちになる気がする。あえて自分の興味ある関心とは逸れた事を勉強するのもいいのかもしれはい。自分は思考に柔軟性がないから無理矢理にでも違う分野にも触れたほうがいい。他分野を学ぶ事でセレンディピティが起きるかもしれないし。幅は広く、底は深く勉強したいねえ